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教員インタビュー

小説から他者の視点に立つことを学ぼう

 他者の視点に立つという機会を与えてくれるものとしては、ほかに文学作品を挙げることができます。なかでも優れた小説は、ある出来事が視点を変えるとまったく違って見えることを学ぶのに最適の教材だと思います。いろいろな読み方ができるので、どのように解釈すべきなのかと考えていくうちに、一つの出来事でも捉え方がいくつもあることがわかってくるからです。

 私は日本文学を教える科目も担当しているのですが、授業では、いろいろな読み方ができる作品をとりあげるようにしています。古典を学ぶ科目でよくとりあげているのは、江戸時代の中頃に書かれた『雨月物語』という作品で、幽霊などの怪異が出てくる九つの短編小説でできています。『雨月物語』がすごいのは、怪異が登場する不思議な出来事が、視点を変えると全く別の捉え方ができる仕組みになっていることです。

 でも、残念なことに、『雨月物語』のすごさをことばで伝えようとしても、聞き手がポカーンとしてしまうことが多いんです(ひょっとしたら、このインタビュー記事を読んでいる方のなかにも、ここで読むのをやめようかなと思われた方がいらっしゃるかもしれません)。何年か前までは、ことばだけでなんとか『雨月物語』の魅力を伝えようとしていたんですが、この作品の仕組みについて説明しはじめると、それまでちゃんと聞いてくれていた学生たちが、徐々に顔を曇らせて下を向いてしまうんです。このままではいけないので、授業の進め方を変えることにしました。そこで、ここ何年かは、ことばでの解説を行う前にあらかじめ二つの活動をして、この物語を読むのと似たような感覚を体験してもらうことにしています。

 最初の活動は、だまし絵を見てもらうことです。だまし絵のなかでも、見方を変えると最初に見えたものとは違うものが見えてくるタイプです。ここでは「ルビンの壺」といわれる絵を使って説明しましょう。下の図を見てください。たぶんみなさんもご存じの絵だと思います。まず、この絵を見ると、白い部分に焦点が当たって、壺のようなものが見えるはずです。でも、しばらく見ていると、黒い部分に焦点が当たって、こんどは左右に二つの顔があらわれて、向き合っているという絵に変わりますよね。つまりこの絵は、モノとしては一つの絵なのに二通りの見方があるので、結果的に二つの絵があるということになります。

ルビンの壺(Rubin’s vase)
心理学者エドガー・ルビンのVisuell wahrgenommene Figuren(1921)から引用
<https://archive.org/details/visuellwahrgenom01rubiuoft>

 こんなふうにだまし絵を見てもらったうえで、『雨月物語』は同じことをことばで表現しているんだよと説明します。つまり、『雨月物語』はテキストとしては一つなのに、視点の違いによって二つの物語が読み取れるということです。最初は型通りの物語が読み取れるのですが、繰り返し読んでいると、もう一つの物語が見えてくるというわけです。授業ではこのあと、最初に読み取れる物語がどんなものか確認してもらったうえで、背後にどのような別の物語が隠されているのかを、受講者と一緒に見つけ出していくことにしています。

 もう一つの活動は伝言ゲームです。伝言ゲームはいろいろなやり方ができますが、工夫すると、『雨月物語』のなかに隠されていたもう一つの物語を見つけたときに、どんなふうに感じるのかを体験することができるんです。

 行ってもらうのは、最初の人に四コマ漫画を見てもらって、どのような話だったのかを順番に伝えていくゲームです。ここで大事なポイントは、最初の人に漫画を見てもらう時間をできるだけ短くすること、もう一つは複雑な内容の四コマ漫画を選ぶことです。こうしておくと、伝言を何回かするうちに、高い確率で内容が変化していきます。ですから、全員に内容が伝わって、各グループの最後の人に内容を確認すると、それぞれに違う話が伝わっていたという結果が出ます。極端な場合には、登場人物の数が増えたり減ったりすることもあります。最後に、もとの四コマ漫画を配布して、本当はどんな話だったのかを確認してもらって、このゲームを締めくくります。

 このゲームを体験すると、伝えられてきた話とオリジナルの話とのギャップに直面して、奇妙な感覚を味わうことができます。まず、伝言で内容を聞いたあとで、本来、どのような漫画だったかを知ることになるので、人づてに聞いた話の真相を知ったような気分になれます。さらに、もとの話が歪んだ形で伝わることを知ったために、自分が見ているものと他者が見ているものは違っているのかもしれない、と気づかされます。

 このゲームの参加者が感じることは、『雨月物語』を読んで、物語のなかに隠されていた出来事の真相を見つけることができたときに味わう感覚と同じです。さらにいえば、『雨月物語』で最初に読み取れる物語は、「こんな風に世間では伝えられています」という形で示されているので、まさに伝言ゲームで伝わってきた物語のようなものなんです。ですから、この活動の後は、『雨月物語』を読んで伝言ゲームと同じような感覚を味わうことを到達目標に加えます。

みなさんも体験してみよう 

 ということで、このインタビュー記事を読んでいるみなさんにも、ぜひ『雨月物語』を読んでみてくださいと、おすすめしたいところなんですが、古典語で書かれていますし、いろいろな作品を踏まえて書かれていますので、いきなり自力で読むには難しいかもしれません。

 そこで、ここでは『雨月物語』のかわりに、芥川龍之介の「藪の中」という短編小説をおすすめしておきます。芥川の代表作の一つですので、いくつかの文庫本でも読めますし、インターネットでも青空文庫というウェブサイトで読むことができます。この小説は藪の中で起こった事件を扱っているのですが、三人の当事者が語る事件の内容がそれぞれ異なっています。つまり、実際に起こった出来事は一つなので、「真実はいつも一つ」のはずなのに、当事者三人が複数の捉え方を示していることになるわけです。

 この作品は、一つの出来事がそれぞれの立場によって、さまざまに捉えられ、何通りにも語られてしまうことを鮮やかに描いています。もちろん「藪の中」はフィクションですし、こんなに極端な事例は現実にはないと思われるかもしれませんが、現実の日常生活でも同じようなことがしばしば起こっています。みなさんも、自分が直接体験して知っている出来事が、まったく別の出来事として語られていたという経験があるのではないでしょうか。「藪の中」を読んでみたうえで、自分の身の周りの事例をあらためて捉え直してみるとおもしろいと思います。

 さらに範囲を広げれば、同じようなことは国際社会でも起こっています。国際問題を調べていくと、過去の出来事が、立場の違いによって、さまざまに捉えられ、何通りにも語られていることがあります。「藪の中」を読んでみたうえで、似たような国際的な事例を探してみると、視点の違いについて、さらに理解が深まるのではないかと思います。

 ちなみに「藪の中」は、世界的に知られている黒澤明の映画「羅生門」の原作でもあります。ですから、あわせて映画「羅生門」を見ておけば、海外の方とこの作品について議論できる機会があるかもしれません。実際に、宇都宮大学にくる留学生に聞いても、「羅生門」を見たことがある方は多いです。そのような意味でもぜひ一度「藪の中」を読んでみてはいかがでしょうか。

  

受験生へのメッセージ

 ここまで他者の視点に立つことについてお話してきましたが、日本のことを他者の視点から学びたい方にとって、宇都宮大学国際学部はぴったりの環境だと思います。また、海外のことに興味があるけど、日本のことも一緒に学んでいきたい、という方にもおすすめです。

 でも、実のところ、国際学部の学生は、日本か海外かという二分法にとらわれず、関心のおもむくままに、分野を超えて自由に、自分の学びたいことを追究しているという感じです。例えば、私のゼミでは、基本的に日本の文化を研究しているのですが、結果的にアメリカの児童文学『あしながおじさん』(Daddy-Long-Legs)を研究することになった学生さえいるくらいです。

 ですから、国際的なことに大きな興味を持っているけれど、まだ何が学びたいのか具体的には決まっていない、というみなさんにこそ、ふさわしい場所なのかもしれません。私たちは、そんなふうに入学してきたみなさんが、自分が本当にやりたいこと、自分ができることを見つけられるように、サポートしていきたいと思っています。