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教員インタビュー

日本文化を他者の視点から学ぼう

 私は宇都宮大学国際学部で、日本文化について学ぶ科目を担当しています。日本文化の中で生活してきた受験生にとっては、日本文化についてあらためて学ばなくてもよいかな、と思われる方もいるかもしれませんね。でも、国際学部で日本文化を学ぶことは、ずっと日本で暮らしてきた日本の学生にとっても、海外の文化を学ぶことと同じくらい、新鮮な経験になるのではないか、と私は思っています。日本文化を他者の視点で捉えたり、日本文化の多様性を知ったりすることで、日本文化とはこういうものだ、という自分の思い込みが壊されていく経験ができるからです。

 国際学部で日本文化を学ぶ魅力は、日本文化を他者の視点で捉えることが日常的に体験できることですね。海外から日本について学びにきた留学生も多いですし、日本で生まれ育った学生たちも、日本各地から集まってきています。そんな学生たちといっしょに学んでいくと、日本文化を国際的な視点から捉えたり、日本の中の地域の視点から捉えたりすることが自然になっていきます。学生の文化的な背景の多様さが、日本文化の多様性を理解することにうまくつながっているんだと思います。

「とちぎ」の「とち」をどんなふうに書く? 

 でも、他者の視点に立つとか、日本文化の中の多様性を知るとか、急にいわれてもピンとこないですよね。そんな方にちょっと試してもらいたいことがあるんです。ときどき授業などで学生にやってもらっているんですが、五秒で他者の視点を体験できて、しかも日本文化の中の多様性や国際性に気づくこともできる、ちょっとした活動があるんです。さっそく、ここでやってみましょうか。それでは、宇都宮大学のある「とちぎ」県の「とち」という漢字を大きく紙に書いてみてください。このインタビューを読んでいるみなさんも、ぜひ実際に紙に書いてみてください。

    

日本文化論で「とち」を書く学生たち

    

日本文化論演習で「とち」を書く学生たち

 書けたでしょうか。まず、自分で書いた字を見てみましょう。右半分の一番上、旁(つくり)の一画目に注目してください。実は二通りの書き方があります。「ノ」のように右上から左下に書く、つまり左払いで書くやり方と、「一」のように左から右に横線を書く、つまり横画で書くやり方があります。みなさんはどちらだったでしょうか。

    

左払い(「ノ」)の形(左)と横画(「一」)の形(右)

常用漢字表(平成22年内閣告示第2号)「(付)字体についての解説」から引用

〈http://kokugo.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/kijun/naikaku/pdf/joyokanjihyo_20101130.pdf〉

    

学生が書いた「栃」

 他の方がどんなふうに書いているかも気になりますよね。上の写真に掲載された日本文化論の受講者では、左払い(「ノ」)が14名、横画(「一」)が6名、日本文化論演習の受講者では、左払いが4名、横画が1名という結果でした。左払いの方が多いですが、横画の方もいますね。

 活字はどうなっているでしょうか。スマートフォンやパソコンなどで、「とちぎ」と入力して変換してください。どうでしたか。左払い(「ノ」)になっていましたよね。2016年現在、活字に限っていえば、ほとんどの場合、左払いの形が使われています。このインタビューでも「栃」は左払いの形で書かれていると思います。「栃」は平成22年(2010)になってはじめて常用漢字表に加えられましたが、左払いの形が本表に掲載されているので、この点からも、左払いの形が現在の標準的な字形だといえるでしょう。

 横画で書いていた方は、自分が少数派で、しかも活字と違う形を書いていたことに、驚いたかもしれません。でも、もちろん間違いではありませんから、安心してください。常用漢字表で左払いが標準とされたこともあって、ここ数年は横画の活字がめっきり少なくなりましたが、かつてはこちらも一般的な字形だったんです。それに、注意して見ていると、現在の印刷物にも横画の活字が見つかりますので、完全に消えてしまったわけではありません。いまでは希少価値のある字形ですから、横画の活字をたまたま見つけると、私は四つ葉のクローバーを見つけたような、ちょっと幸せな気分になります。

 いったいどちらが正しいのか、気になると思いますが、歴史的に見ると、どちらが正しいとか、本来の形だとか、一概にはいえないですね。そもそも「栃」は、中国にはない和製漢字(国字)ですが、いつごろできた字なのか、はっきりしません。明治12年(1879)に栃木県令布達(県知事の出す行政命令のこと)で、県名の「とち」を表記する字として、「栃」が正式な漢字とされたんですが、この字はそこから徐々に普及するようになったんです。この布達では横画で書かれているので、こちらが正しい形だといいたいところですが、明治10年代の文献にはすでに、横画だけでなく、左払いの形も見られます。普及しはじめた当初からゆれが見られ、そのゆれが現代までずっと続いてきたわけですから、ゆれがあることがこの字の特徴だといった方がよいかもしれません。

 この特徴が一つのページに凝縮されている文献を写真でご紹介しておきましょう。見事に横画と左払いが混在していて、なんで統一しないの、と思わずつっこみたくなる感じですよね。

    

『栃木県史』史料編 近現代4の奥付(1974年)

「栃」の書き方でわかること

 やってみてどうでしたか。自分の書き方とは違う書き方があったことに、はじめて気づいた方が多いはずです。同じ字なのに、別の形で捉えている人がいたということに驚いたのではないでしょうか。これが他者の視点の体験です。二通りの書き方に気づいている人もまれにいますが、そういう方も二通りの書き方があるのを知っている人が少ないということに、気づくことができたと思います。

 私自身も他者の視点に驚いた一人でした。私は栃木県栃木市出身で、東京の大学に進学するまで、県内で生活していました。私がこの字を書けるようになったのは、恥ずかしながら、中学校に入ってからなんですが、そのときからずっと左払いの形で書いていて、他の書き方があることにまったく気づいていませんでした。気づいたのは、宇都宮大学に来て「栃」の漢字を授業でとりあげようと思って調べたときです。それでも実際に横画で書く人はいないだろうと思っていたのですが、授業で聞いてみると横画で書く人がいて、驚いたことを覚えています。

 「栃」の書き方に見られる多様性は、書き手がどのようにこの字を学んできたのかと関わっています。例えば日本の学生についていえば、大学進学のために栃木にやってきて、はじめて「栃」を日常的に書くようになった学生は、左払いの活字を見て、まねをして書くので、左払いで書く傾向が強いです。ですから、横画の字を書く学生は、県内出身の学生か、書道など、特別の機会にこの漢字を習ったことがある学生が多いといえます。今回紹介した二つの授業では、日本の学生では2名が横画の形で書いていますが、どちらも栃木県で生まれ育った学生でした。

    

中国出身の留学生が書いた横画(「一」)の「栃」

 他には二つおもしろいことがわかっています。まず一つは、中国出身の留学生はほとんど横画で書くことですね。上の写真の4人は中国の大学からやってきた交換留学生なんですが、全員横画で書いています。実は中国では、「とちぎ」を漢字表記するときに、和製漢字の「栃」にかわって、見た目が似ている別の字である「枥」(「櫪」を略した簡体字)がよく使われているんです。ということは、中国では「栃」は横画と認識されているんですね。現在、日本にやってくる留学生は、左払いの「栃」に出会うはずなんですが、それでも横画で書くわけです。書き手の出身地が字形に直結している例としておもしろいですね。同じ漢字圏といっても、日本と中国で独自の展開をしていることに、あらためて気づかされます。

 もう一つは、横画の書き手には、横画を水平ではなく、右肩上がりに書く例が見られることです。さきほどの留学生の写真でいうと、いちばん左の学生の字がわかりやすいですね。左から右に直線を書いた横画なのですが、見た目では左払いの形とほとんど違いがありません。「栃」を横画の形として捉えたものの、ふだんよくみる左払いの字形が斜めになっているので、その影響で横画を斜めに書いているのだと考えられます。左から二人目の学生は、自覚的に斜めに書いていて、右肩上がりにするのがこの字を書くポイントだ、と教えてくれました。活字が示す標準的な字形になんとか近づけようという現象で、おもしろいですね。

みなさんも試してみよう

 この「栃」の字を使った活動は、人が何人か集まったらすぐにできますので、興味がある方は試してみてください。ここで紹介されていないことがわかるかもしれません。それに書いてもらうのは、別に「栃」でなくてもかまいません。実はゆれが見られる漢字はとても多くて、常用漢字表でも、いろいろな字形のゆれが紹介されています。常用漢字表はウェブで手軽に確認できますので、おもしろそうなゆれを探して、他の人に書いてもらいましょう。きっと、みなさんがそれまで知らなかった他者の視点や多様性と出会えるはずです。