教員インタビュー

教員インタビュー
Vol.5 三つの ”I” を育てよう
取材協力:松村 史紀 教員

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総力戦と冷戦から見る東アジア

私は、第二次世界大戦が終わってから現代に至るまでの東アジアの国際関係について研究しています。

具体的に言うと、「総力戦」と「冷戦」という二つのグローバルな戦争がどのようにして現代の東アジア国際関係の基礎を築いてきたか、ということを大きな研究テーマにしています。この二つの戦争は、異なるようで似ているところもあります。「総力戦」とは、第二次世界大戦など最終的に相手が破滅するまで戦う究極の戦争です。「冷戦」は核兵器があるためそれができなかったのですが、相手側、つまりソ連がなくなるまで戦い続けた戦争です。なお、東アジアでは冷戦は「熱戦」にもなりました。

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東アジアにおける二つの「戦後」/
松村史紀・森川裕二・徐顕芬編/
国際書院 / 2012年3月
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「大国中国」の崩壊-マーシャル・ミッション
からアジア冷戦へ / 松村史紀(単著)
勁草書房 / 2011年12月

さて、まずその総力戦ですが、これによって、戦勝国(特に、アメリカ)が主導する平和の仕組みが東アジアで構想されました。例えば、戦後日本に誕生した「平和憲法」は、さまざまな解釈があるものの、やはり総力戦の経験によって生まれたものだろうと思います。一方、冷戦の際には「日米同盟」が締結されます。冷戦が終わってから、日米同盟の役割は大きな見直しをなされますが、この「平和憲法」と「日米同盟」が、この50~60年間ずっと日本外交にとって、二本の大きな柱として存在し続けています。

朝鮮半島も見てみましょう。朝鮮半島は第二次世界大戦後に日本から独立しますが、冷戦の時代に南北に分断され、今も分断されたままです。総力戦の経験と冷戦の経験が重なるように存在しているわけです。中国についても同じことが言えます。中国は第二次世界大戦で戦勝国だった五大国の一つでした。しかし国民党と中国共産党の内戦によって国民党が台湾に追われ、中国共産党の政権が北京に築かれていきます。戦勝国の一つという総力戦の経験と、台湾と中国の分断という冷戦の経験が、やはり中国でも未だに続いているわけです。もちろん、冷戦がいまもなお続いているというわけではありません。私の研究では、総力戦と冷戦という二つの経験が、現代の東アジア国際関係の基礎をどのように形作ってきたのかを見ることを大きな目標にしています。

高校時代

私は私立の中高大一貫校で学びました。レポートを提出するなど大学で行うような教育を中学から受けられたのは、本当に良かったと思います。理科系の授業では、よくレポート提出をさせられましたし、中学三年生のときには「卒業レポート」なるものがあり、やや大がかりな論文に取り組みました。ちなみに、そのときのテーマはコロンブスや大航海時代に関するものでした。ただ、正直にお話ししますと、中学・高校ではあまり真面目に勉強した記憶がありません。今テレビなどで活躍しているお笑いタレントの「サバンナ」や、ミュージシャンの「くるり」が先輩にいましたが、感性豊かな人材を輩出する土壌があったということでしょうか。

大学では国際関係学部に進学しました。進学の動機は、それほど立派なものではありません。当時、冷戦が終わったことで、国際情勢に少し関心があったことは事実ですが、高校三年生のときにカナダに二カ月ホームステイするなど、漠然と国際関係という言葉に憧れていたことが大きいです。そのくらいの浅い気持ちで入学してしまったのは私の反省点ですが、入学後、夢中になれる授業がいくつかあったことは救いでした。

カナダにホームステイした時の写真
カナダにホームステイした時の写真。
ホストファミリーが空港に出迎えてくれました。

研究者への出発点

大学では2年生の終わりごろに国際政治のゼミに入ることを決めました。素晴らしい先生がいらっしゃいましたし、基礎から勉強して習得できるのは国際関係の中で国際政治だろうと自分の中で判断したからです。また、その頃から大学院に入ることを少し意識していたので、大学院への進学率が高いゼミを選びました。

しかし、就職活動を考えたた時期もあります。大学3年生の11月くらいになって、慌てて将来のことを真剣に考えるようになりました。ところが、エントリーシートに書ける内容が少ないことに気付きます。こういう企業に入ってこういうことをしたい、ということも見あたりませんでした。そこで改めて自分を振り返ってみると、決して得意ではないけれど、勉強をすることが好きなのではないかなと思いいたるようになりました。それで、このまま大学院に入って勉強を続けることにしました。

『少しずつ』を毎日

今の大学生でも何になりたいかをなかなか見つけられないという学生を見ますが、私自身もそうでしたのであまり偉そうなことは言えません。

一つだけ自慢できるとすれば、大学2年生の終わりに決意した日から現在まで、英語の勉強を一日も欠かしたことがありません。風邪をひいた日も、旅行に行った日も、です。合宿する時に最初に思い浮かぶのは「勉強はいつしようかなぁ」というくらい、その時の決意は固かったです。大学3年生では英語の勉強を一日中していたのを覚えています。受験勉強をしていなかったので、単語を覚えるなど基礎から勉強しました。

そして3年生の終わりに大学院へ進学することをゼミの先生に相談したところ、「第二外国語を早めにやっておくように」と真っ先に言われました。その時の忠告はとてもありがたかったと今でも思います。アジアのことを研究するつもりでいたので中国語を選び、中国語も毎日勉強するようになりました。恥ずかしながら、中国語はほぼ全て独学で、お世辞にも習得したとはいえません。しいて、お世話になった先生を挙げるとすれば、NHKラジオ講座の先生(上野恵司先生)でしょうか(笑)。

国際政治学の古典の写真
最も感銘を受けた
国際政治学の古典の一つ

さらに、修士課程で研究の必要からロシア語も始めました。これまた独学です。そこで毎日勉強しなければならない言語が三つに増えたわけです。英語も中国語もロシア語も、その時から現在までずっと勉強し続けています。一日の分量は少しですが、今思うと『少しずつ』ではないと続かないということがよく分かりました。

勉強を一日も欠かさず続けられたのは、将来に対する不安が大きかったのが理由の一つです。自分は何に向いているのか分からず、頑張っても就職できるような時代ではなかったので、とにかく何かを自分でやり遂げないといけないと思いました。それから、語学に関しては自分より周りの人の方ができるという劣等感もあったからです。少しでも挽回したいという思いが強かったのもモチベーションの一つです。これは今も変わりません。

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三つの “I” を育てよう

『北京ヴァイオリン』(陳凱歌監督、2002年)という中国映画があります。ヴァイオリンの上手な田舎の少年が北京へ行き、優れた師匠のもとでヴァイオリンの技能を上達させていくという話です。その少年は練習するにあたって、先生から二つ大事な忠告を受けます。一つは「一生懸命練習しなさい」ということ、もう一つは嫌々練習するのではなく、「楽しんで弾きなさい」ということです。おそらく、本人がおもしろくないと思っていたら、聴いている観客もおもしろいわけがないということでしょう。

私は、ゼミで学生に三つの”I”から始まるものを大切にするように言っています。そのうち二つは『北京ヴァイオリン』で先生が言っていたこととほぼ同じです。

一つ目は”Industry”。この単語は、ふつう「工業」や「産業」と訳されますが、ここでは「勤勉』という意味で使っています。つまり、「とにかく一生懸命勉強しなさい」ということです。いい加減なものはゼミで発表してほしくないと思っています。

二つ目は、“Interesting”です。やはり大学では、夢中になって面白いと思えるかどうかが、研究の命です。どんなテーマでも、自分の努力と工夫次第で、興味ある対象に変わると愚直に信じています。だからこそ、ゼミでは自分なりに工夫をして人に聴いてもらいたいと思うように発表をしてほしいのです。そのためには丁寧に文献を読みこみ、自分なりに論点を整理することが必要です。人に伝えることが楽しいと思って発表しないと、聴いている方もつまらないし、本人にとっても力にならないだろうと思います。そういう意味で、たとえ無理をしてでも夢中になることは大切です。

そして、三つ目は”Imagination”です。「想像力」ということですが、ここではもう少し深読みして、「批判的な精神」と理解してください。どの研究分野についてもいえることだと思いますが、政治学の分野では、特にこの批判的精神が重要です。いまあること、「現状」が最善だとすれば、学問をする意味は限りなく小さくなってしまいます。ただ、いたずらに批判すればよいとは思いません。批判するためには、自分なりの「疑問」「問い」を持つことが出発点になると思います。

『紅の豚』の主人公ポルコ・ロッソは、なぜ豚の姿をしているのか

先生の画像

国際政治史という科目では、できるだけ身近な映画を取り上げて授業を行うようにしています。誰もが一度は見たことがあるような映画です。

例えば、宮崎駿監督の『紅の豚』というアニメ映画は、ご存知の方も多いのではないでしょうか。舞台は第一次世界大戦後のイタリアです。元々はイタリア空軍のエース・パイロットだった主人公マルコ・パゴット大尉が、第一次世界大戦中に遠征で自分の仲間を全て亡くし、一人だけ生き残ります。戦後、どういうわけか彼は、豚の姿になり暮らしていきます。

では、なぜマルコは人間ではなく豚の姿になったのでしょうか。この問いは、国際政治史のダイナミックな展開から解き明かすことができると考えています。続きは入学してからお話ししましょう。

宇都宮大学 国際学部の魅力

第一線で研究している先生が集まっていることは、貴重な財産だと思います。現在、高い学術的水準を保つことのできる大学は、それほど多いわけではありません。だからこそ、この点は一番誇るべきところではないでしょうか。

次に、外国語の科目が充実していることです。ここでは、英語を含めて7言語を学べます。語学への配慮がなされており、どの言語も基礎から応用、さらには講読の授業まであるのはきわめて珍しく、また魅力的です。さらに、担当教員の多くは、語学だけを専門にしているわけではなく、社会科学や人文科学などの研究を通して実際に語学を使っているため、実用的な授業ができることも良いと思います。

また、行き届いた少人数教育を受けられるので、学生にとっては恵まれた環境です。

勤勉な学生たち

松村ゼミの様子
松村ゼミ(近現代中国論演習)

勉強に対する意欲を今どき珍しいくらいきちんと持っている学生が多いと思います。それは大学にとっても、もちろん学生自身にとっても貴重な財産でしょう。学習態度も非常に良く、勤勉です。勤勉さは、大学生になって失われやすい原石のようなものだと私は思うのですが、四年間それを保ち続ける学生の割合は断然高いと思います。

学問自体を大切にする雰囲気があることも特徴です。単に就職に有利になるような実学だけをしていればいいと思っている学生はそれほど多くないようです。大学時代に学ぶべきことはたくさんあると理解し、勉学に励んでいます。企業も実学だけを求めているわけではありませんし、実は社会のなかでもそれは重要です。

欲を言えば、私が学生に話す三つの”I”のうち“Interesting”と”Imagination”をもう少し磨いてほしいです。まじめに頑張ってやるだけではなかなかいい研究はできませんから、この二つを意識するとさらに良くなると思います。

受験生へのメッセージ

古い本や映画に触れましょう。現代は新しいもので溢れていますが、古いものが今なお残っているのは、やはり良いものだからでしょう。国語の教科書に出てくるような小説の原文を読むのもいいし、家城巳代治、黒澤明、小津安二郎、新藤兼人などの有名な映画監督の作品を見たりするのもいいでしょう。ずいぶん古い作品を通して、今と全く違うところがあるのを知ることは当然ですが、不思議なくらい今と共通する「普遍的」な部分にも出会うことがあり、驚くこともあるでしょう。初めは理解できなくても、諦めずに作品にしがみついて、読んだり見たりしてみてください。この「再発見」が新しい地平を切り開くことだってあります。

社会に出てしまうとゆっくり時間をかけて、作品を味わうことは難しくなります。今のうちにたくさんの古典作品に親しむことをお勧めします。

それから、新聞を読んでほしいと思います。時事問題については、テレビやネットではなく、ぜひ新聞から情報を得るよう心がけてください。最初は一面だけでもいいので新聞を頑張って読んでみてください。最近は新聞を読む学生が少なくなり、就職活動の時に慌てて読み始めているようです。自分なりの「疑問」や「問い」を持つためには、社会で起こっていることをまずは知る必要があります。慌てることがないよう、今のうちから新聞を通して知見を広めましょう。