教員インタビュー

教員インタビュー
Vol.4 比較という視点
取材協力:丁 貴連 教授

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欧米から日本、そして東アジアへ

私は日本文学をベースに、文学の受容と伝播、影響関係について研究しています。

日本文学は、近代以前は中国の影響を受け、近代は欧米文学の影響を受けてきました。そして1900年代から1930年代に日本へ留学してきた韓国や中国、台湾など東アジア地域の若者に大きな影響を及ぼすのです。さらに、彼らは帰国後に日本の近代文学をベースにし、それぞれの国の社会や文化を取り込みながら作品を書いています。その中には単なる摸倣もあれば、さらに発展して独自の文化に根ざすものもあります。つまり日本の近代文学は西洋文学の影響を受けていたばかりではなく、韓国など東アジアにも強く影響を及ぼしているのです。そういったことを「比較」という手法を用いて研究しています。

『雪国』との出逢い

川端康成の『雪国』の写真
日本文学という未知なる世界へ
引き入れてくれた大切な一冊です。

もともと小説が好きで、中学、高校の時によく読んでいました。主にモーパッサンやツルゲーネフ、ヘミングウェイなどの欧米文学です。学校でも欧米文学を中心に教わっていました。日本や中国といったアジアの文学にはあまり関心を持っていませんでしたが、高校2年の時、英語の先生から借りて読んだ川端康成の『雪国』の英訳がきっかけで日本文学にはまりました。

初めは単に翻訳をしたいという気持ちでしたが、読み進めるうちにそれまで読んでいた欧米の小説とは違う作品世界に衝撃を受けたのです。『雪国』は主人公の島村と駒子と葉子という2人の女性との人間関係を描いたものですが、この小説には三角関係特有の葛藤構造が描かれていません。主人公たちの微妙な感情の動きが美しい背景描写とともに描かれているのみでした。

当時、私はちょっとおませな高校生でしたが、愛し合いながらも、結局何もしない主人公たちの虚しさを描き出す『雪国』の世界に不思議な魅力を感じずにはいられませんでした。大学では日本語と日本文学を専攻することとしましたが、その決め手となったのがほかでもなく『雪国』なのです。今でも時々取りだして読むことがあります。

日本への留学

私は1981年に大学に入りましたが、1979年に朴正煕大統領が暗殺され韓国は混乱の時代でした。全国の大学で反政府デモがあって、勉強するどころではありませんでした。それでも夏目漱石や谷崎潤一郎、三島由紀夫など、様々な日本の作品を読みました。

4年生の時に太宰治の研究発表をしたところ先生から高く評価され、文学の研究もいいなぁと思い始めたのです。卒業論文ではカトリック作家遠藤周作の『沈黙』を取り上げ、神の概念をもたない日本人が如何にして西洋の神であるキリスト教を受け入れたのかを追求しました。卒業論文を書きすすめて行くうちに、日本文学への関心がさらに深まり、日本への留学を決心しました。

日本語で日本を語るコンテストの様子
ダイビングをしている様子
留学中は勉強のほかに様々なことにチャレンジしました。

先生からのアドバイス

国木田独歩の本の写真
国木田独歩という文学者を通して
韓国文学の素晴らしさを発見しました。

日本では充実した留学生活を送ることができましたが、何よりも大きい収穫は素晴らしい先生たちに巡り合ったことです。修士・博士の時の指導教員は無論、授業や学会、研究会などで知り合った先生たちから多くのことを教わりました。

その中でも忘れられないのは、私を比較文学という「若くて美しい学問の世界」に引き合わせてくれたことです。当時、私は研究テーマで悩んでいましたが、「日韓の間には植民地支配という不幸な歴史がある一方、文学をはじめ様々な近代文化が日本から韓国に伝わっていたという事実がある」と指導教員から言われ、調べたところ、韓国近代文学の成立過程に日本近代文学が深くかかわっていたという事実が知られました。

更に「外国人が日本文学を研究するのは並大抵のことではない。せっかく留学して論文を書くならば日本人研究者と違うアプローチをして、日本人が気付かないことを書くことができるのではないか。日本人による日本文学研究を超えるものを書きたいと思うなら比較の視点でやりなさい」と言われました。その結果、私の修士論文・博士論文のテーマは国木田独歩という日本の文学者が韓国の近代文学に及ぼした影響関係を究明したものとなりました。

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比較という視点

本「韓国文学はどこから来たのか」の写真
日本の読者に韓国文学が
歩んできた姿を伝えたくて訳しました。

韓国の近代文学は日本文学の影響の下で発展を遂げてきましたが比較の視点をとることによって、韓国の近代文学者たちがただ単に日本文学の影響を受けていたのではなく、影響を受けねばならなかった事情を、苦悩を、痛みを理解することができました。

また、私自身も自分は韓国人なので韓国のことは良く知っていると思い込んでいましたが、いざ日本と比較してみると、いかに自分の国のことを知らなかったか思い知らされました。そして、自分の国の歴史や文化を新たに勉強し直したのです。

つまり、私は日本語と日本文学を媒介にして韓国文学が如何なる歴史を歩んできたのか、その姿を客観的に捉えることができました。この「比較」の方法は、私の人生を大きく変えてくれました。そのアドバイスをしてくれた先生には今も感謝しています。

外国を媒介に自国を見る

宇都宮大学国際学部では「韓国語」をはじめ「韓国文化」「日韓文化交流史」などを教えていますが、すべての授業において常に心がけているのは「比較」の視点をとりいれていることです。私がそうだったように、学生の皆さも日本人だから日本や日本語を良く知っているという思い込みがあります。しかしいざそれを他の人に伝えようとした時に、きちんと伝えられません。頭では分かっていても、秩序正しく、そして客観的に伝えられないのです。それは、結局は自分の国のことを言葉も文化も正しくは知らないからなのです。

国際学部では英語の他に6つの言語を教えていますが、コミュニケーションとしてのスキルだけではなく、それぞれの言語の背後にある文化や社会の仕組みをも教えています。私の場合、一方的に韓国語を教えるのではなく、日本文化や中国文化、欧米文化との比較の中で韓国語を論じることによって韓国語の背後にある韓国文化の特質を浮き彫りにしています。そして、授業の最後にコメントを書かせますが、単なる感想ではなく授業のメインテーマを自分の国と比較させ、次の週にいくつか紹介します。学生たちもどんどん比較の視点で物事を見ることに慣れ、レポートに活かせるようになります。

比較の視点に立って外国語や外国の文化を学ぶと、それまで気付かなかった日本語や日本文化の姿が見えてきます。そういう姿勢を持っていると、留学や国際的な仕事はもちろん社会に出た時に大変役に立ちます。

国際学部の魅力

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宇都宮大学から巣立っていった2011年度ゼミ生たち

国際学部の魅力の一つは、近すぎず遠すぎない先生と学生との距離です。私を含め国際学部の先生たちは授業やゼミ、研究などでは学生に厳しく接します。決して妥協しません。しかし、授業や研究を離れると、学生たちと食事をしたり、様々な相談に乗ってあげたりするなど結構フレンドリーに接しています。大学によってはなかなか先生と話す機会がないところもあるようなので、国際学部では先生にどんどんぶつかってきてください。

アンテナをたくさん持つ

もう一つの魅力は、アジアやアフリカ、ヨーロッパ、アメリカ等の様々な専門分野の先生がいることです。学生は一つの専門を中心に授業を展開していくのですが、フランス語を学びながら中国文化を学ぶなど、まずは色々と受けてみることをお勧めします。常にたくさんのアンテナを立てて、積極的に情報を受信することは大切です。そこから自分の関心が広がって、新たに気付くこともあります。そして2年生、3年生、4年生になるにつれ、どんどん知識を深めていけば良いでしょう。初めから一つに絞る必要はないのです。国際学部は、入学してから本当に自分のやりたい分野を見つけられる学部です。少しずつアンテナを厳選していき、そして最終的には自らが情報を発信する立場になりましょう。

受験生へのメッセージ

国際学部は、国際的な仕事に憧れる学生はもちろん、そうではない学生にとっても多くを学べる学部です。「国際」という言葉にとらわれないでください。グローバル化した現代の日本には様々な国籍の人がたくさん住んでいますし、どのような仕事をする上でも世界との繋がりは切れません。国際学部で幅広い分野の授業を比較の視点から受け、社会で必要な感性や感覚を磨いてください。

取材協力